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最高裁判所第二小法廷 昭和31年(あ)1357号 判決 1960年7月15日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人都築徳三郎本人の上告趣意について、

所論は事実誤認、量刑不当の主張を出でないものであって適法な上告理由に当らない。(なお同被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書が所論の如く任意性を欠くと認むべき資料は存しない。)

同被告人の弁護人天羽智房の上告趣意について、

所論は先ず原審が被告人都築の本件詐欺事実認定の資料とした同被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書並びに古谷翹の検察官に対する第一、二回供述調書は供述の任意性を欠き証拠能力がないのに、いずれも任意性ありとした点において原判決は判例に違反する旨主張するけれども、挙示の判例は本件に適切でなく、右各供述調書が所論の如く任意性を欠くと認むべき資料は存しない。爾余の論旨は採証の法則違背、事実誤認、量刑不当の主張を出でないものであって、結局所論は適法な上告理由に当らない。

同被告人の弁護人小林き、同小泉英一の上告趣意第一点について、

所論は採証の法則違背、経験則違反、事実誤認の主張であって適法な上告理由に当らない。(なお被告人都築の検察官に対する所論供述調書が任意性を欠くとは認められないことは前記のとおりである。)

同第二点について、

所論は憲法三八条三項違反をいうが、原判決は被告人都築の自白のみを唯一の証拠として事実を認定しているのではなく、多くの補強証拠をも挙示していること原判決及びその支持する第一審判決の各判文に徴して明白であるから所論違憲の主張はその前提を欠き不適法である。

同第三点について、

所論は事実誤認、単なる法令違反の主張であって適法な上告理由に当らない。(なお被告人都築の本件所為につき期待可能性の論議を容れる余地のないことは原判示のとおりである。)

同第四点について、

所論は憲法三一条違反をいうけれども実質は単なる法令違反の主張であって適法な上告理由に当らない。(原審のこの点に関する判断は相当である。)

同第五点について、

所論は憲法三一条違反をいうけれども実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であって適法な上告理由に当らない。(なお原判決の支持する第一審判決判示第二の判示事実が原審相被告人川原妙と被告人都築との同時犯の判示となっているものとは認められず、右両名が共同加工した事実を判示したものであること判文自体から明らかであるから、判示と適条との間に所論のようなくいちがいは存しない。)

同第六点について、

所論は憲法三一条違反をいうけれども実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であって適法な上告理由に当らない。

同第七点について、

所論は憲法三一条違反をいうが実質は単なる訴訟法違反の主張であって適法な上告理由に当らない。

同第八点について、

所論は憲法三一条違反をいうが実質は単なる訴訟法違反の主張であって適法な上告理由に当らない。(所論の各証人尋問前に偽証の罰を告げたことが公判調書に何ら記載されていないことは所論のとおりである。しかし右偽証の罰を告げたことは公判調書の記載事項とはされていない〔刑訴規則四四条参照〕のであるから、調書に記載されていないからとて右手続が実際に履践されていないということはできない。むしろ、右手続の行われなかったことに対する被告人又は弁護人の異議申立があった形跡が記録上全然ないところからすれば右手続は現実に行われたものと推認するを相当とする。なお刑訴四八条二項にいう「公判期日における審判に関する重要な事項」とは、ことがら自体からみて訴訟法上重要な意義をもつ事項をいうのではなく、特に公判調書に記載しておくことを必要とする事項を意味し、如何なる事項がこれに該当するかは、裁判所の規則の定めるところに委ねられているものと解すべきである〔昭和二八年(あ)第四三一七号、同三〇年一二月九日第二小法廷判決、集九巻一三号二六八二頁参照〕から、公判調書の記載事項を定めた刑訴規則四四条は、所論の如く規則をもって法律を変更したという関係にあるものではない。)

同第九点について、

所論は単なる訴訟法違反の主張であって適法な上告理由に当らない。

同第一〇点について、

所論は量刑不当の主張であって、適法な上告理由に当らない。

被告人間瀬一男に対する検察官の上告事件受理申立理由第一、二点について、

所論は要するに、被告人間瀬に対する本件現住建造物放火幇助の公訴事実につき、既に確定裁判を経たものとして刑訴三三七条一号に則り同被告人に対して免訴の言渡をした第一審判決を支持した原判決は、公訴事実の同一性の有無につき、又既判力の範囲につき、法令の解釈適用を誤った違法があるというにある。

しかし、右放火幇助の公訴事実の要旨をみるに、本犯である原審相被告人川原妙は愛知県幡豆郡一色町大字味浜字北乾地四七番地大洋製油株式会社取締役社長、同鈴木勇及び被告人間瀬は同会社の工員であるところ、同会社は昭和二三年九月設立以来前記場所に工場を置き、農家及び油糧配給公団より委託された菜種の搾油事業を営んでいたが、同年一〇月上旬頃より多量の保有菜種油を横流し、農家及び油糧配給公団への還元油の不足を生じ次第に経営困難を来たしたので、右川原はこれが措置に苦慮した結果、放火により工場を全焼させてその使途を糊塗すると共に保険金を騙取して会社の窮状を打開しようと企て、同年一一月九日当時共栄火災海上保険相互会社と契約していた保険金一五〇万円に加えて、別途に安田火災海上保険株式会社と保険金四〇〇万円の新火災保険契約を締結してこれが準備を整えた後、同年一二月一日頃前記鈴木に会社工場放火の決意を打ち明けてその承諾を求め、ここに右川原及び鈴木の両名は共謀の上、鈴木においてその実行を担当し、同年同月三日午前零時頃、川原の指図に従い、かねて右会社の事務所並びに宿直室に一部を使用していた北側工場内北西隅の空叺の堆積してある個所に、油のしみたボロ布二〇〇匁位を置き、これにマッチを以て点火し右空叺に燃え移らしめて、人の居住する建造物に放火し因って右工場全部並びに隣接の右川原の家族居住の住宅一棟及びボイラー室一棟を焼燬したものであり、被告人間瀬は同月二日夜同工場宿直員であったのであるが、同日右川原から当夜の放火の計画を打ち明けられ、情を知らない他の宿直員犬塚正を放火現場である同工場より誘い出して遊興するよう命ぜられるや、これに応じて右犬塚を伴って同夜工場を抜け出し前記鈴木の放火を容易ならしめて以て幇助したものであるというにある。

他方、被告人間瀬に対する失火罪の公訴事実の要旨は、「被告人間瀬、同犬塚正の両名は、いずれも幡豆郡一色町大字味浜字北乾地四七番地大洋製油株式会社の工員であって、昭和二三年一二月二日夜共同して宿直勤務中、右会社工場事務室において、同夜九時頃から煉炭火鉢(口径、高さ、各一尺五寸位)に多量の木炭を使用して暖をとっていたのであるが、その際数回飛火した事例もあり、且つ現場はその火鉢に接近して菜種入叺、書類、用紙、帳簿、ボロ布、菜種油充満の無蓋ドラム缶、油等各種多量の可燃物が存置してあり、かかる場所においては火気の使用について飛火等防止のため適切な措置を講じ、以て火災を未然に防止すべき注意義務があったのにかかわらず、右両名は不注意にも同夜一〇時頃右火鉢の火気を始末せず、そのまま放置して外出したため、同残火の飛火により同夜一二時頃前記可燃物に燃え移り発火するところとなり、右会社所有の木造杉皮葺平家建工場四棟(九八坪の建物)を焼燬したものである」というにあり、被告人間瀬は右公訴事実につき西尾簡易裁判所において昭和二四年一二月八日附略式命令により罰金一〇〇〇円に処せられ、該罰金刑は同年同月二七日確定したものであること記録に徴し明らかである。

されば右放火幇助と失火との両公訴事実は、同一被告人に対する同一日時場所における同一客体の焼燬に関するものであり、正に社会的、歴史的事実は同一であって、すなわち基本的事実関係を同じくするものであり、両者間には公訴事実の同一性があること疑を容れる余地がない。従って本件工場の焼燬について、被告人間瀬が既に失火罪により罰金刑に処せられ、その罰金刑が確定している以上、重ねて同被告人を放火幇助罪に問擬し、これを処罰することはできないことは当然である。原審がこれと同旨に出で被告人間瀬に対し免訴の言渡をなしたのは正当であって、論旨は理由がない。

また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田 克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

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